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消えた男の日記

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作品説明

時節は九月だっていうのに、凶悪な日差しがアスファルトを煮えたてさせ、陽炎が湯気のようにぼんやりと道路の向こうに見えた。ちょっと上空のほうのにあるだけの富士山は、例年より十四日も早く冠雪しているというのに地上ではこの様である。噴き出す汗も気にせず、手早く買い物を済ませ、コンビニのよく効いた冷房もほどほどにして家に急いで帰った。

 宙ぶらりと一日の予定が空いてしまったため、部屋に冷房をよく効かせ、普段は出来ないような大々的な掃除を行った。机の下にしまいこんであるものを取り出し、掃除機をかけ、夜中に部屋の明かりに寄ってきたものの、窓のさっしで息絶えてしまった小さい小さい虫たちを掃いだりと勤しんだ。

そして、今回の一番の大仕事である本棚の整理。増え続ける漫画や小説、雑誌類が本を並べては積み上げて、また本を並べては積み上げているから惨憺たる状況となっている。僕の記憶が確かならば三、四カ月程前に新たに本棚を買って、そこにはいっぱいいっぱいに本をつめてどうにか、主に使っている本棚を綺麗に、と言ってはいいかわからないが、整理したはずだった。本棚整理という作業の中でよくある話だが、ふと目に付いた本を見て、ああこんなの買っていたんだとか、懐かしいとか言いながらついつい読んでしまうというものがある。僕は今回はそんなことをやらないぞ、と固く決意したものの、その決意はたやすく崩れ去り、僕も例にもれることはなくなってしまった。

整理するにあたって、手始めに今入っているものを取り出せるものは取り出して床に重ねた。ちょうど一番上に置いてあった村上春樹の「神の子どもはみな踊る」が目に入り読み始めてしまった。因みに僕は村上春樹が嫌いではない。あの冗長な件が駄目という人がいれば、あの冗長な件こそがいいのだという人もいる。人の好き嫌いなんてそんなものだろう。ある人の好きなところが、ある人の嫌いなところだなってことはよくある話だ。僕は村上春樹のあの冗長の件こそが、なんてことは思わないが、よく話の種にされている、例えば「やれやれ・・・」とかある女と出会えばセックスするのだろうなと読み進めていけば案の定セックスするところなど、そういったところがお決まりの展開が話の中で繰り広げられていくことに思わずくすりとしてしまうだけである。

この「神の子どもはみな踊る」という本のあらすじは、19951月に起きた大地震によりすべてが壊滅に追いやられる。その中で、繰り広げられる6つの物語、というものである。

この内容だからこそ3.11の地震と照らし合わせて何か読書会など出来ないものかと思案を巡らせたりして、ぼんやりと目が虚空を見つめた時、不意にそれは視界に飛び込んできた、というよりよりはそこにそれがあることを認識できた。

家でよく使っているA4の大学ノート。無印良品のもので再生紙で作ったらしい茶色の表紙と赤い紙テープで背表紙を止めてあるほんの数十ページ程度の、どこにでも売っている大学ノート。この何のありふれたノートに確かに違和感を覚えた。何もこんなノートを視界に入ってから改めて認識することもないだろうに、この既視感めいたものは何だろうか。

僕は手に取っていた「神の子どもはみな踊る」を机に置くと、そのノートを広いあげゆっくりと座椅子に座りなおした。表紙に手をかけ開こうとしたところで、キーンコーンカーンコーンとお昼のチャイムが鳴った。僕はその音ではっと我にかえり、こんなノートなんだ、しまう時に間違えて一緒にいれてしまったんだろ、お腹も減ったしそんなことより昼飯だ、と立ち上がった。

   

                            *

 

20○○/8/15

今日からこの日記を書き始める。いや、書き始めることになった。とある節から精神病院に通うようになり、毎日日記をつけることを義務付けられたのだ。長さは特に制限なし。ただし、内容は特になしということは駄目、ということになっている。週に三回程通院しなければならなくなったので、その時にそれまでに書いた分を見せることになった。

私、個人としてはまったく理由がわからない。問診できいても、それはね・・・と医薬品のにおいを揺らしながら、かすかに笑ってごまかすだけだった。夢日記かなにかだと、書き続けると気が狂うとかよく言われているが、これ以上私の気が狂うようであればたまったものではない。現在、私の気が狂っているとしてだが・・・。

私は精神病院にいくことなんて始めてであった。気が狂うというのは程度の差、個人の針の揺れ方の差であって、現代の人は多かれ少なかれたいていの人は気が狂っている。だから、私がこんなとこに通院しなければならないならば、現代の人々の大体もここにぶち込まれればならないわけである。

精神病院というものは、どうも夢野久作のドグラマグラのイメージが強く、狂人解放運動場でも用意しているのかと思えば、そんなことはなく、ビルが乱立するこの東京ではそんな悠長な土地はなくこじんまりとした、いかにも病院といった風体であった。

そこで、私はいくつかの質問をされては、答え、またいくつかの身体的検査をしただけで、あとは薬をもらって、これはいつどの程度摂取してくださいね、といっただけであった。

ともかく、私はそこで客観的に気が狂っているという判断を下され、振れ過ぎている針を正常なまでにもどさなければならなくなった。

ここであえてどういった経緯でこういった場所に行くことになってしまったかは、ふせておくにことはする。別段理由はないのだが、ふせさせていただく。今後ひょんなことから明かすことになるかもしれないが。

さてここで締めてもさしあたりはないだろうが、最初ということで、もう少し書いていく。

8/15は日本で言えば終戦記念日にあたる。戦争とは文化の侵略だ。現代でも文化の侵略、破壊、それゆえに新たなものが生まれるといったことが、とても小さな規模では起きているが、そんな生ぬるいものではない。相手の国が培ったものを風土を徹底的に破壊、蹂躙し、焦土と化していくものである。

戦争は過去と未来に向かって死骸のように横たわっている。聖堂のようにありとあらゆるものを破壊した上に横たわっている。死骸を踏み慣らし、耕し、その上を我々はどこまでも歩いていく。そして、また死骸をどこかで積み上げ、それを肥やしとし都市は狂暴に膨れ上がっていく。

死骸にみちた都市を歩き、人々の行進で舞いあがった灰を媒介とし呼吸することで、気はふれていく。きっとそれに気づかなければならないのだろう。戦争はいつだって終わりはしないのである。永遠の剥製だ。永遠の墓標がたっている。

 

20○○/8/16

世間は夏季休暇の真只中であり、学生の身分にある私はそれを享受している。

私にとって何でもない日というのは、誰かにとっては誕生日であり、命日であり、その他諸々の変えがたい日である。それはどこまでも続いていく。全く私は何もしていないというのに、すれ違った人が楽しげに「今日は~~の日だよね。」と楽しげに会話しているのを耳にするととても悩ましく思う。私にだってその全ての何でもない日を変えがたい日に変えることができる可能性を持っているのだ。

ありとあらゆる可能性は未来に開けている。切り離していった可能性を他人が実現しているのを見て、恨めしく感じる。見下しているはずの人間がそれをしている程に身が焼ける思いをする。

サリンジャーの「ライ麦畑で捕まえて」の主人公の気持ちは非常によくわかる。私は人を見下すことをやめられないのだ。もうこれは性格といっても差支えはない。だが、そこで前述したような事態が起こる。そうすると、私はどうしようもなく自分のほうが劣っていることを思い知らされるのだ。見下していたという錯覚に気づいたとき、ただただやるせなく絶望する。そして、その事実が眼前に迫り、「お前はあいつ等にすら及ばぬ。どうしようもなく劣っている。」と私に自覚を促してくる。

 

20○○/8/17

二回目の診察。言われた通りにこの日記を医者に渡した。医者は古臭いレンズの厚いめがねをかけ、足を組んでゆっくり読み始めた。医者が読んでいる間、私はこの6畳ほどの診察室を見回した。清潔な白いカーテン、ステンレスか何かで出来ている白い四足をもった飾り気がなく快適さの欠片も見いだせないベッド。平成初期の学園モノのドラマで見られそうな安っぽい机。病院には必ずあるレントゲンをぱちんと挟めて照らすことができる、名前のわからない照明器具。私があたりを目だけで見ている間も、医者は回転椅子に少し揺られながら読み続けていた。学校の時計台にありそうな無機質な時計が4時半を指した頃、医者はぱちんとノートを閉じ、ふむと深くため息をついた。

君はよくいろいろ知っているねえと一言。それ以上はこの自分が課した日記については何も言わず、どんな風に暮らしているかなど五分程度質問され、また症状もわからぬままに薬を渡されて、今日も帰ってきた。

全くなんのことかわかったものではない。何が悪いのかもあいも変わらずわからない。死刑宣告をされたまま独房で永遠と終わりのスイッチを待ち続けている死刑囚のような気持ちである。

 

                     *

 

そのなんの飾り気のないノートと同様に感情などない文字で、淡々と日記の中に思想が詰め込まれてた。こんな文字、コンピューターで打ち込まれて印刷された明朝体で書かれている文字となんら変わりはない。そこに文字が書いてあるに過ぎない。まだハインラインのなにかに出てきたものすごい計算機やら、執筆補助の自動速記の機械とかのほうがましな明朝体を書きそうである。

 

 

                          *

                

20○○/8/18

煙草を吸おうと換気扇をつけたら今日は調子が悪かった。どこかぶつかっているのか一定の間隔でかんかんかんと金属音をたてている。

生活の音楽。それはとても心地のよいものである。近年テレビやネットを席巻している音楽など比べ物にならないものである、いや人が手がけた音楽などかなうものではないのかもしれない。

だが、ここで今あげた生活の音楽は人口物によるものだ。それを考えるととても皮肉かもしれない。しかし、そこで奏でられる音になんら作為性はない。人類の文明の足音。それは我々の生活の随所に散見できる。きっと多くの人々はそれに気づいていないだろう。あたりは音楽でみちみち溢れているのだ。

我々の生活は舞台だ。我々は踊る。そして生活の調べに耳をあらゆる処で耳を傾ける。その旋律でまた我々は踊る。ありとあらゆる処で。それは台所で、まな板の上で、浴槽で、洗濯機の中で、扉の取っ手で、玄関で、信号待ちのとき、交差点の真中で、開いた本の上で。

台本のない舞台で我々は踊る、観客はいない。オーケストラはどこにでもある。

 

20○○/8/19

今日は何もなかった。いや雨が降っていた。夏の通り雨が通り過ぎることもなく、停滞して何処までもいつまでも分厚い雲をたれこめ、窓の向こうには何も見えなかった。それでも、私の行動様式というものは昨日、一昨日、その前の日と何も変わることはなく、雨が降っても晴れていても何も変わることがないということを眼前に突きつけられた。そして、私の生活は何もないということを知らされただけであった。

有り体なことを書けば、この窓の向こうに広がる闇は私の未来であるようであり、この雨がノアが全てを流したようにしてくれればいいと祈り続けた。

 

20○○/8/20

昨日の暑さをも溶かしてしまう雨とは打って変わって猛暑日だった。地方のあちらこちらでこの夏の最高気温を更新していた。

このうだるように、熱病にかかったような暑さのなかでも、診察に行くことはやめなかった。今日で記憶が確かならば三回目。

いつもと変わらずこの日記を見せて薬をもらっただけで特筆することは特にはない。

なにかの小説で気温がどんどん上昇していき、ある温度に達した時に、人間は最も殺人を犯しやすくなる。しかし、その温度を越すと人間は殺人の気力はなくなってしまうらしい。たしかブラッドベリだった記憶がある。その小説の内容なんて今となっては全く覚えていないあ、それが原因で連続殺人事件が起きていた、ということだけは覚えている。

熱病にかかった夏の昼間は人々は、殺人者のように徘徊し、殺しあってしまえばきっといいのだろう。

 

20○○/8/21

 四回目の診察。今日もこの日記を医者に渡し、ふむと言われ返された。今日はそれだけでなく、「君の学生時代はどうだったのだい?」と聞かれた。この問に対して、私は何も答えることは出来なかった。

 何故なら何も覚えてはいないからだ。

 何もと言ってしまっては言いすぎかもしれないが、夢の残滓のように、靄がかかったものしか残ってはいない。これが本当にあったことか、と聞かれたら閉口してしまう。記憶は手にすくった水のように零れ落ちていき、残った記憶は手の平に付着した僅かな水滴のみだ。

ただそれでも私が確かに覚えているのは、どうこうしたといった行動に関することではなく、何を思い、そして何を感じていたかだ。

 

20○○8/22

昨日の問いに頭を悩ませていた。夢の中でまで白い靄をかき分けるように進んでいた。

私の学生時代、というより青春というものは鬱屈したものであったことに間違いはないだろう。

以前日記で書いたあったこともあるだろうが、私は他人を見下し、そして、その見下しているであろう人間たちよりも自分のほうが遥かに劣っていることを勝手に自覚してしまうような、愚かで下手に賢い人間であった。

私が切り離し歩んできた道を彼らは歩いている。私が欲しているものを彼らが手にしていると気づいてしまった時、自意識はどうにもこうにもいたたまれなくなる。そういった葛藤を独りでずっと抱えてやってきた。

しかしながら、彼らのような人間には決してなりたくはなかった。盲目に笑ってなどいられなかった。何故あのように白痴みたいに全ての事を恨まず、憎まず、笑っていられるかなどわからなかった。

彼らの白痴的な笑いなどには美しさなど毛頭もなく、しかし、それを見て私が鼻で笑っているなど彼らにも及ばぬ下卑たものでしかなかった。

私は彼らのようにはなりたくはなかった。そして、インチキな大人にもなりたくはなかった。

しかし、今私は彼らに少しの賛辞を送りたい。どうかささやかなわたしの早咲きの括弧(((())))の花束を受けていただきたい。

 

20○○/8/23

私はただ人間である前に、ただ物書きでありたかっただけなのだ。

この地下室の手記めいた日記、いや狭い四畳半の手記を誰かに読んで欲しかっただけなのだ。私は誰でもない誰かにここにいたということを知らせたかっただけなのだ。

手記という体裁をとってはいるが、これは小説なのである。この全てが小説なのである。

切り離した先の道を歩んでいる私に、インチキな大人でもいい、この小説を手に取る未来の君たちに今日までを生きていることを願いたい。

 

                   *

 

ノートを閉じて、冷房の電源を落とした。窓を開けると西陽とともに雨のにおいを、むっとした空気が運んできた。北のほうから遠雷がきこえ、西のほうから北のほうまで黒い雲が聳え立ち、広く横たわっている。煙草を一本取り出し、静かに火をつけた。深くゆっくりとはいた煙は一筋線を描き夕日に綺麗に彩られている。煙は七色の光を放ち上空へと昇っていき、風の流れの強い上空の雲のように、千切れてはまた合わさって、跡形もなく消えていった。

遠雷はまだ続いている。細い稲光から一分ほどで雷鳴が聞こえた。雨のにおいがする。

 

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